2021年2月7日 説教 松岡俊一郎牧師

人々の期待とイエス様の使命

コリントの信徒への手紙一 9: 16 – 23、マルコによる福音書 1: 29 – 39

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卒業、就職の時が近くなって、本来であれば学生さんたちは希望に胸を膨らませる季節になりました。しかしコロナ禍の中にあって、度重なる緊急事態宣言で自粛生活が求められ、卒業旅行もダメ、追い出しコンパもダメと言われ、観光業界、アパレル業界や飲食業界では、休業や廃業に追い込まれ、務めているアルバイトやパートの人も、解雇されたりして本当に苦労されています。ありとあらゆる人が苦難を強いられていますが、それでも仕事があるだけでありがたいと言えるかもしれません。しかしだからと言って、仕事はいつも楽しいことばかり、喜びばかりではありません。押しつぶされそうになり逃げ出したくなることもしばしばです。詩編39篇は「御覧ください、与えられたこの生涯は僅か、手の幅ほどのもの。御前には、この人生も無に等しいのです。ああ、人は確かに立っているようでも、すべて空しいもの。」と嘆きます。また、90篇も「人生の年月は七十年程のものです。健やかな人が八十年を数えても、得るところは労苦と災いにすぎません。瞬く間に時は過ぎ、私たちは飛び去ります。」と言い、人の人生の終わりに積み上げたものが役に立たないと悟ります。ヨブは、原因不明の皮膚病に侵されていましたので、その嘆きも深く、ヨブ記7章では「この地上に生きる人間は兵役にあるようなもの。傭兵のように日々を送らなければならない。・・・わたしの一生は機(はた)の梭(ひ)よりも速く、望みのないままに過ぎ去る。」と嘆きます。しかしヨブはそのような絶望の中でも「忘れないでください」と祈ります。すべての嘆きは祈りに通じ、この祈りだけが嘆きを慰めと希望に変えるのです。イエス様もしばしばひとりになって祈られます。ことに十字架を前にして、ゲッセマネの園で自分の身に起こることに対しては激しい葛藤の中で祈り、祈りによって十字架をご自分のものと引き受けられるのです。

さて、マルコ福音書の日課は、イエス様のカファルナウムでの忙しい一日について書いています。カファルナウムはガリラヤ湖畔にあり、その地方の中では繁栄した町でした。徴税人アルファイの子レビ(マタイ)が働いていた収税所もあり、ユダヤ人のために会堂を立てたあのローマの百人隊長(ルカ7章4節)もここに駐屯していました。この場所はイエス様の伝道の拠点で、イエス様はマタイ9章1節でこの町のことを「自分の町」と呼んでおられるほどです。
そこでイエス様はまず、安息日に会堂で教え、けがれた霊に取りつかれた男からけがれた霊を追い出されます。そして今日の日課、シモンとアンデレの家に行かれます。その家ではシモンの姑が熱を出して伏せていました。イエス様が彼女の手を取って起こされると、熱は去り、彼女は起きて一行のもてなしを始めたのでした。
安息日は、あちこち出かけることが許されていません。そこで人々は夕方になって安息日が開けると、ぞくぞくと病人や悪霊に取りつかれた人々をイエス様のところに連れて来たのです。イエス様は彼らの病気を癒し、悪霊を追い出されました。マルコは、イエス様がこの一日の間に、宗教的な場所である会堂、人が暮らす家の中、戸口つまり家の外で活動されたことを描くことによって、イエス様の働きが人の営みのすべての場所に及んだこと、さらにその働きが朝・昼・晩と一日中続いたことを印象付けようとしています。

一夜明け、まだ朝早いうちにイエス様は祈るために人里離れた所に行かれます。イエス様にとって、祈りは父なる神様との対話です。この対話があって初めて自分が立てられていることを自覚され、福音を宣べ伝える働きへと送り出されるのです。長時間群衆と共にいる時間のためには、かえってひとりになって祈る時が必要だったのです。しかしそれもつかの間、シモンたちが捜しに来ます。イエス様を見つけると「みんなが捜しています」と言って、イエス様を人々のところに引き戻そうとします。イエス様が来られたのは、悪霊を追い出すことや病人を癒すためだけではありませんでした。それらの奇跡を行うためではなく、奇跡は目的のための手段でしかありません。不思議な業は人を驚かせます。惹きつけます。しかし、それだけで人は救われるわけではありません。奇跡は救いそのものではなく、救いへの入り口にすぎないのです。しかしシモンたちはそうは考えていませんでした。イエス様を再び奇跡の場に引き戻そうとしています。ここに弟子たちの無理解を垣間見ることが出来ます。たしかにイエス様が人々の驚きや関心、称賛を得るために来られたのであれば、その場に留まってもっと多くの奇跡の業を行えばよかったかもしれません。しかしイエス様はそれを望まれません。そこで「近くの外の町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出てきたのである。」と言われ、ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出されたのです。このイエス様の態度には、弟子たちもきっと驚き、不思議に思い、人々は失望したかもしれません。しかしそうしなければ、民衆はイエス様の福音を誤解したままだったでしょう。

マルコにとってイエス様は明確な意図をもってこられました。マルコは福音書の一番初めに「神の子イエス・キリストの福音の初め」と宣言し、イエス様のガリラヤ伝道の第一声も「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」と言われています。つまりマルコはイエス様が福音を宣べ伝えるために来られたことをとことん強調したかったのです。ですから、今日の一日を報告する時も、イエス様が悪霊を追い出したり、病人を癒したりすることに人々が気を取られるのではなく、イエス様はみ言葉の宣教のために伝道の働きを始められたことを強調するのです。私たちも時々誤解します。自分の苦悩や求めがかなえられることが救いだと考え、願ってしまいます。そうでないと神様から離れてしまうことがあります。またイエス様を知らない方々は、そのようなところに信仰の基準を持っておられるかもしれません。しかし、イエス様の福音は、そこにはありません。十字架による罪からの救いこそが中心です。

パウロもまた福音を告げ知らせることを第一と考えていました。日課の中で、福音を告げ知らせることを「そうせずにはいられない」といいます。そしてさらに「福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共に与かるものとなるためです。」と言っています。パウロもまた、キリストによってもたらされた救いに生かされ、それを伝えることが自分の存在の意義だと考えていました。そのためにはユダヤ人であるとか律法とか外的な条件などにとらわれず、福音を伝える一点に集中したのです。

私たちには今は、福音伝道のために様々な活動をすることが出来ません。一人でも多くの人に教会に来ていただきたいと思って取り組んだ礼拝堂の耐震工事と集会室の大改装も、宝の持ち腐れ状態で残念な気持ちでいっぱいです。しかしそれで腐ることなく、希望を失うことなく、今は私たち自身の信仰を育てることに集中したいと思うのです。活動することが大切なのではありません。私たち自身が信仰的に深められ、その思いを伝道として人に伝えていくのです。コロナ禍が収束した後は、すでに人々の生活スタイルが変わってきていますので、教会の活動の仕方もこれまでと同じスタイルではないかもしれません。またはっきりとした姿は見えていませんが、柔軟な姿勢で教会生活を続けていきたいと思います。