説教集

※第三礼拝における説教の要旨を掲載しています。

*** 2006年2月 ***

変容主日(顕現節最終)礼拝

2006年2月26日 西川晶子(神学生)

これに聞け

列王記下2:1-12a  IIコリ3:12-18  マルコ9:2-9

主の変容
 教会の暦では、主の「変容」を記念する主日を迎えています。この主日を迎えるにあたって、聖壇の色も、緑から白へ、主イエスを通してあらわれた、神性の輝きを象徴する色へと変わっています。本日与えられたマルコ福音書の日課においては、とある高い山の上で、突然、それまでともにおられた主イエスが、三人の弟子の目の前で、真っ白に光り輝く姿へと変貌した…と記されます。そのイエス様の姿は、まるで真昼の太陽のような、力強い輝きにあふれています。
 そして、その主イエスの変貌に加えて、モーセとエリヤとがそこにあらわれ、イエスと語り合っていたと、福音書は語ります。旧約聖書の中でもっとも神様と密接な関係を持ち、イスラエルの導き手・律法の教師として、ユダヤの人たちの尊敬の対象であった、指導者モーセ。さまざまな奇跡を起こし、メシアの先触れとして現れるといわれ、そのエピソードが人々の心を捉えて離さなかった、預言者エリヤ。イスラエルのすべての人々が憧れてやまなかった光景が、今、この三人の弟子たちの目の前に実現しているのです。

弟子たち、特にペトロの姿
 この光景を目の前にして、弟子たちは恐怖に襲われ、パニックを起こしています。ペトロ・ヤコブ・ヨハネ…ここで弟子の代表としてこの場面に立ち会う三人は、いずれもイエス様の復活後のエルサレム教会の重鎮であったと言われます。しかし、そのようなこの三人の、みっともないとも言える姿を、マルコははっきりと描き出しています。特にここでペトロは、エリヤとモーセとともに語り合っておられるイエス様に対していきなり割り込み、自分でもわけのわからないことを口走る、どこか空気の読めない、道化のような役割を負わされてしまっています。
 ペトロはおそらく、どうしていいかわからなかったのではないでしょうか。このような光景に立ち会うことを赦され、かえって身の置き所がなかったのかもしれません。「先生、わたしたちがここにいるのはすばらしいことです。ここに仮小屋を三つ建てましょう…」5節のこのペトロの申し出は、この目の前のすばらしい出来事に対して、何らかの形でかかわりたい…そのような気持ちから出たものであったように感じられます。
 そのペトロの気持ちは、理解できますし、神様の出来事を記念するということはわたしたちにとって必要なことであり、大切なことです。このすばらしい姿を、このままここにとどめておきたい。ペトロはおそらく、そのような気持ちであったのでしょう。けれども、このペトロの気持ちにわたしたちは共感すると同時に、注意しなければなりません。
 目に見えるすばらしさや強さ、美しさに目を奪われること、そこに近づこうとすることは、ともすればそうでないものを軽んじ、無駄なものとしてしまう生き方へとつながってしまいます。ペトロは主の栄光の姿を、ここにとどめたいと願いました。けれどもそのとき、ペトロは山の下で待っている、他の仲間たちやイエス様を求める大勢の群衆のことを、忘れてかけてしまっていたのではないでしょうか。

『これに聞け』
 ペトロの申し出に対する答えの代わりに、雲の中から不思議な声が、弟子たちに語りかけます。「これはわたしの愛する子、これに聞け」(7節)…聖書の中で「聞く」というとき、それはただ聞き流すのではなく、「聞き従う」ことを意味します。…しかし、いったい何に?
 その声を聞いて、すぐさまあたりを見回した弟子たちの前には、ただ一人の方だけが、たたずんでおられます。その姿は、もう白く輝いてはおられません。『これに聞け』と神様がわたしたちに示してくださった方、その姿はなんらわたしたちと変わることがありません。その方は、ひたすら民衆と同じところを歩み、病気の人や生きる望みを失っている人たちと向き合い、そのいのちを取り戻すために歩み続けられた方です。その方がいま、わたしたちと「一緒におられ」(8節)ます。そしてまた歩みを続けるために、十字架にかかるための歩みを続けるために、「高い山」を降りられるのです。

主に聞き従うということ
 ドイツの神学者、ボンヘッファーはこう言います。「人間に対する-まさに弱いものに対する-唯一の生産的な関係は、愛、すなわちその人と交わりを持とうとする意思である。神ご自身は、人間を軽蔑されず、人間のために人間となられたのである。」(「ボンヘッファー獄中書簡集」p11 E・ベートゲ編、村上伸訳、新教出版社)
 変容を記念するということは、誰も登ることのできない高い山の上に仮小屋を建てることではありません。むしろこの方と一緒に山を降り、私たち自身を神様の愛をあらわす仮小屋として、神様と人との関係の中で生きること…そのことこそが変容を記念することであり、主に聞き従うことなのではないでしょうか。
 それはどこか背伸びをして、自分自身を取り繕って生きるということではありません。ペトロは決して完璧な人ではありませんでした。けれどもペトロがわたしたちと変わりない、弱さを抱えた姿をさらけ出しながらも、主に愛されたものとしてあきらめずに歩もうとしている人だったからこそ、わたしたちは共感し、希望を見出すことができます。
 使徒パウロはコリントの教会の信徒に書き送った手紙の中で、こう言います。「モーセが、消え去るべきものの最後をイスラエルの子らに見られまいとして、自分の顔に覆いをかけたようなことはしません」…パウロもまた弱さに悩まされつつ、けれども主がともにおられるという希望のうちに、歩んだ人でした。わたしたちも、わたしたちのままで、ペトロが、パウロがそうであったように、主に愛され、召しだされた自分自身として、イエス様とともに山を降り、現実の中へと戻っていきたいと思います。

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顕現節第7主日<日本福音ルーテル教会・宣教の日>礼拝

2006年2月19日 池谷考史(神学生)

あなたを呼ぶ方

イザヤ44:21-22  2コリント1:18-22  マルコ2:13-17

・レビを弟子にする
 今日の福音書は、イエス様がレビという徴税人が弟子に召された場面です。当時の徴税人とは、その立場を利用して不正に税を徴収したため人々からは好ましく思われていませんでした。ある時、イエス様は「通りがかりに」レビに出会い、こう言います、「わたしに従いなさい」。きっとレビはどんなにか驚いたことだろうと思うのです。それは、予想もしない突然の出来事だったから、ということもありますがそれだけではありません。いまや人々の間でヒーローとなったイエスという人が、誰からも相手にされない自分に声をかけてくれるなんて、そういう驚きがレビにはあっただろうと思うのです。でも、結局レビは素直に従い行き、彼自身の家でイエス様と多くの徴税人や罪人たちと食卓を共にします。

・罪人
 そこには、「実に多くの人がいた」のであります。正しい人だけでなく、多くの徴税人や罪人がイエス様によってレビの家に招きを受けていたのです。そこへ、ユダヤ教の大変信仰深い(と他人からも思われ自分でも自負していた)律法学者が弟子に向かって「どうしてイエスは徴税人や罪人たちと一緒に食事をするのか」と問いかけます。ユダヤの社会において、ともに食事をすることはそこにいる人々が同じ共同体の仲間であることを意味しました。ユダヤの「聖い」はずの共同体に、なぜ、徴税人が席を連ねているのか、彼にそんな権利がある訳がないではないか、そういう学者の思いが背後に透けて見える問いかけです。
 これに対して、イエス様は答えます。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」。
 もともと、罪という言葉は的や目標を外すことを意味します。ですから、決まりや常識を守ることが目標であるユダヤ社会の中で、それらを守らないことは的外れ、すなわち罪ということになります。必要以上に不正にお金を集めていたレビはこの意味でまさに当時の典型的な罪人でした。

・罪人の招き
 ここで立ち止まって考えてみたいことは、イエス様がレビにもたらした罪の赦しとは彼の犯した罪自体を赦す、それだけのものだったのか?ということです。イエス様による罪の赦しとは犯した罪を赦すだけに留まるものではなく、もっと根底にあるレビの存在そのものにまで深く及ぶものでした。
 徴税人レビが本当に苦しんでいたもの、それは、罪を犯したことによって人々から白い目で見られることであり、自分は罪人であるという劣等感でした。レビは、如何に自分が罪深い者であるか、聖い神の子イエスとは似ても似つかぬかけ離れた存在であるかを誰よりも身にしみて悟っていたに違いありません。
 イエス様は他の多くの正しい人々よりも、そのレビに向かって、「わたしに従いなさい」と声をかけたというのです。この瞬間、レビには希望の光が差し込みました。イエス様はレビの外側からではなく、心の奥深くにまで降って行き、彼が抱えていた孤独、恥、罪の意識そういった苦悩を共にし、引き受けることで彼を救ったのでした。そのことによってレビに本当の意味での命を与えたのでした。こうしてイエス様は御自分のもとに「罪人を招」き、レビは弟子としてイエス様に従っていったのでした。

・今もおられる「あなたを呼ぶ方」 ~変わらぬ約束~
 ところで、神による救いは、旧約聖書の時代からずっと変わらぬ神の約束でした。それが、バビロン捕囚に取られた旧約の民にも与えられたことが今日のイザヤ書には書かれています。
 このイザヤ書44章が書かれた捕囚末期、民が抱えていた根本的な問題は、衣食住のことではなく、絶対だと思っていたヤハウェの神を失った自分たちが何者であるかが分からない、自分の存在が透明であるという問題でした。そんな民に向かって神は預言者イザヤを通してこういいます。「わたしはあなたの背きを雲のように 罪を霧のように吹き払った。わたしに立ち帰れ、わたしはあなたを贖った」。ですから、実際は神は彼らを見捨てておらず、民の知らないところで憐れみをもってずっと関わっていてくださったのです。この言葉をイザヤから伝えられたとき、民は生きる希望を与えられたに違いありません。実際、故郷に帰ることが許されたのはこの後まもなくのことでした。
 この救いの業が新約時代、イエス様を通してレビにも同じようにもたらされました。
 パウロが2コリント書の中で述べるのはまさにこのことです。「神の約束は、ことごとくこの方において『然り』となった」。この方とは、もちろんイエス様のことです。そしてまた、この歴史の事実、すなわち、徴税人として一人ぽつんと通りに座っていたレビという一人の男を、人となった神の子イエスという男が弟子として招いた事実を通して、神様の救いの約束が確かなものであると今のわたしたちにも示されたのです。神様は天にいて上からわたしたちを眺めているだけでなく、私たちの中にいて働いてくださっている、それがイエス様がこの世に来られた意味です。
 このように、イエス様において実現した神の変わらぬ約束は今のわたしたちにも与えられるものです。神の前では「罪人」としてしかあることが出来ないわたしたちは、そうであるがゆえに誰もが一人の例外もなく招きを受けているのです。
 わたしたちが神にふさわしくない者であるにもかかわらず、むしろそうだからこそ「わたしに従いなさい」とわたしたちを呼ぶイエス様がおられることを今日の聖書は思い起こさせてくれます。そのことに希望を持って歩んでいきたいと思います。

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顕現節第6主日礼拝

2006年2月12日 管野義隆(信徒)

主イエスの力と恵み

ミカ7:14-20  1コリント9:24-27  マルコ2:1-12

 み子主イエスは、洗礼者であったヨハネから「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という天の声と聖霊によって洗礼をうけられました。そして弟子たちとともにカファルナウムを中心に多くの諸会堂で言葉を語り、人々をいやされました。

 本日の日課は、らい病を患っていた人をいやされて数日後の出来事をしるしています。イエスの恵みを伝え聞いた沢山の人が、主がおられた家の戸口まですき間ないほど集まりました。イエスがみ言葉を語っておられたとき、四人の男が中風の人を運んできたが主に近づけず、家の屋根をはがして主の傍に床をつり降ろしました。イエスは彼らの信仰をみて「子よ、あなたの罪は赦される」と言われました。当時のユダヤ社会は不治の病や生まれながらの障害に苦しむ人を罪ある者と差別しましたが、イエスのいわれた赦しは、あらゆる困難をおしきって主に救いを求めた信仰と行動への神の恵みと救いでした。
 ところが、そこにいた律法学者たちは、この罪の赦しは、神と同じ位置にイエスをおく神冒?であると考えました。好奇心と嫉妬心をもってイエスの言行をみていた律法主義者たちの心は、主イエスは神のみ子であるとさとらず、信仰に目が開けませんでした。
 イエスは、その心の中を霊の力ですぐにさとり「『あなたの罪は赦される』と言うのと『起きて、床を担いで歩け』と言うのとどちらが易しいか。人の子が地上の罪を赦す権威を持っていることを知らせよう」と中風の人に床を担いで家に帰るように言われました。
 イエスは律法学者たちの批判に応え、罪の赦しと実際に病をいやすのとどちらが易しいかと問うて、神からうけた救いのわざをおこなうために、罪の赦しを宣言し、奇跡をおこなわれました。

 しかし、この出来事から病のいやしのみに気をとられ「罪の赦しの恵み」を見うしなうことは、「主イエスの力と恵み」の最大の意味をさとらないこととなります。
 主イエスは、救いのわざとして奇跡をおこなわれましたが、真の赦しは病をいやすことではなく罪の赦しであり、永遠の命をいただくことではないでしょうか。
 人々は目に見えるいやしの結果をみて神を賛美します。しかし罪にみちた人間の罪の赦しは、主の十字架による重い代償によって神からいただくのであり、身体のいやしにくらべれば、はるかに大切であることを今日の日課の記事は教えています。
 私たちは奇跡によって不幸がとり除かれることを望みます。しかし、やがて過ぎ去る身の思い悩みよりも、主イエスのみ名による洗礼と主の十字架によって罪ゆるされて、心の自由と平安のうちに神の国に入る、はるかに尊い永遠の幸いを得たいと思います。

 本日の日課の旧約で、ミカは「あなたのような神がほかにあろうか。咎を除き、罪を赦される神が」と神を讃え、コリントの手紙でパウロは「むしろ自分の体を打ちたたいて服従させます。それは他の人々に宣教しておきながら、自分の方が失格者になってしまわないためです」と信仰の歩みをはげまし、省みさせています。「主イエスの力と恵み」に感謝し、日々を主とともに、省みつつご一緒に歩いてまいりましょう。

アーメン

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顕現節第5<信教の自由を守る>主日礼拝

2006年2月5日 北尾一郎(牧師)

福音のためなら
-主イエスの宣教、使徒パウロの宣教-

ヨブ記7:1-7  1コリント9:16-23  マルコ1:29-39

今日の福音書は、主イエスの宣教活動の第一日のことを語っています。まず、主はガリラヤ湖畔を歩いておられました。その一日は、「歩く」ことから始まっています。主イエスが第一にしなければならなかったことは、共に働く弟子たちをリクルートすることでした。これが第一の場面です。
 「兄弟舟」で漁をして暮らしていた二組の兄弟を、最初の弟子にされた主イエスは、次にガリラヤ湖畔随一の町カファルナウムに入られます。これが第二の場面です。その町にはもちろん、ユダヤ教の「会堂」(シナゴグ)がありました。その会堂で、主イエスは福音を教え始められました。その教えが持つ権威に、人々は仰天し通しだった、と書かれています。主イエスの活動は、まず「教えること」でしたが、彼の活動には、もう一つの側面がありました。その働きは、病んでいる人々に人間回復の機会を与えることになるのです。まず、その会堂にいた「汚れた霊に取りつかれた男」が「癒し」を経験し、その人は本来の自分を取り戻し、人間回復という「救い」を受け取りました。
 第三の場面は、主イエスが弟子となったばかりの漁師シモンとアンデレの家に入って行かれたときに展開します。シモンには妻がありました。そして彼は妻の母(姑)を引き取っていました。熱病を患っていたシモンの姑を、主イエスはいやされたのでした。
 マルコは第四の場面を設定しています。それは「夕べの癒し」であります。主イエスの癒しの噂を聞いて、さまざまな病を患っていた多くの人々が殺到しました。
 そして第五の場面が「あしたの祈り」です。まさに「きのうからあしたへ」でした。

人々から逃れて朝の祈りをしておられた主イエスは、まもなく弟子たちに見つかってしまいます。「きのう」を繰り返すようにとの要請に対して、主イエスは言われます―「近くのほかの町や村へ行こう。そこでもわたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである」。「そこでも」という展開が主イエスの宣教の基本姿勢です。主イエスの眼差しは、「ガリラヤ全土」に向けられていました。それは、全地球へ向けられた主の眼差しです。そして、その御言葉のとおり、主はすべての人のために、御自身を与えられたのです。主は、神の御子でありながら、「奴隷」となられました。「義人ヨブ」も苦難の中であえぐ自分のことを「奴隷」「傭兵」と表現しました。

主イエスのそのような思いを、直観的に受け取り、同じ思いをもって生涯を献げたのは使徒パウロでした。使徒は言います―「わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです」。パウロが遣わされたのは、三種類の人々でした。(1)律法に支配されている人々=ユダヤ人、(2)律法を持たない人=異邦人、(3)信仰の理解において「弱い人」=例えば偶像にささげられた後マーケットで売られている肉を食べると汚されると感じる人。
 使徒は、そうしたすべての人々のためにキリストが死んでくださったことを覚えて、それぞれの立場を理解し、それぞれの人の仲間になりました。それは、「何とかして何人かでも救うためです。福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです」。

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